~自己抑制と自己主張を調整しつつ統合発達させる親の関わり方の分析~
田宮由美
はじめに
私は過去に幼児教室の指導者として約10年間、教室を展開し、約1000人の親子とを関わってきた。また公立幼稚園、小学校での様々な立場からの勤務、そして小児病棟への慰問他、子どもの声を聴く公的ボランテイア等を通し、更に子どもを深く見て来た。
その後「子ども能力開花くらぶ」を開設し、現在は執筆活動を中心に講演、セミナーなど行う傍ら、子どもの個別指導を行っている。
そして延べ約5000人以上の親、子どもと関わってきたその中で、「誤って捉えられている事が多い」と感じている事がる。それは子どもの「我慢」についてである。
今回はこの「我慢する力」について考察を深めていきたいと思う。
2、問題と目的
社会を生きていく為に、必要な力のひとつである我慢する力。この力が備わっていないと、人間関係も円滑にいかず、他者との交流や集団生活でも支障をきたし、社会に適応する事が困難になる。
親は子どもの将来を考え、我慢する力を身に付けさせようとする事は当然であろう。
「我慢しなさい」という言葉は、親ならば、少なからず口にした事はあると思う。では幼い頃、親から常に我慢を強いられてきた子どもが、将来、我慢できるようになるのだろうか?そして充実した人生を送れるようになるのだろうか?
親は子どもの将来の為を思い、一生懸命に育てた結果、親のその言動が反対に子どもの我慢する力を阻んでいるとなれば、親はもちろん、子どもにとってもこれほど辛く悲しいことはない。
子育てというのは、直ぐに結果が見えない故に、難しい問題がある。親の愛情や努力が空回りしないように、この研究を行う事にした。
3、研究の方法
本研究では、人の我慢する力は、幼児決断する時期に養育者から「我慢しなさい」と強要された子どもが将来、我慢できる大人になっているかどうかの仮説を立て、実際にアンケートを取ってみることにした。
アンケートの協力を得たのは、奈良県内で教育関係の教室を開催している指導者の方々である。一問でも回答のあった60名に対して考察を行った。
4、研究の仮説
(1)子育てに熱心な親の子どもほど強要される「我慢」
親に「我慢しなさい」と言われ、AC(Adapted Child)が働き従順な子どもは、欲求を抑え、世間では「いい子」「お利口な子」また「親の躾が行きとどいた子」と良い評価がなされる事が多いであろう。
反対にFC(Free Child)が過剰で奔放な子どもは、我慢できず「わがままな子」「親の躾がなっていない子」と親を批判される事もあるであろう。
故に子育てに熱心な親ほど、子どもに我慢を強要する事が多い傾向が見られる。
(2)健やかな成長を阻む危険性がある 「我慢」の強要
子どもは成長とともに、見るもの聞くもの等、五感全てから入ってくる情報に興味関心を持つ。そして「何故?」「どうして?」という問いかけを繰り返したり「もっと知りたい」「試してみたい」と意欲を持ち、行動する事を主張してくるであろう。
それらは全て、子どもが健やかな心の発達をする過程で、本来持ち合わせているものである。
つまり「子どもに我慢をさせる」事は、「意欲や自己主張を抑圧する」事にもなると推察できる。
(3)反動のACで爆発する恐れがあるCPで抑圧された我慢
そして我慢している「いい子」「お利口な子」は、「いい子にしていなきゃ、親に褒めてもらえない」と、子ども本来の姿を抑えている事が多い。
そして自分の意志や欲求を抑えているにも関わらず、表面的には問題なく過ごしている「いい子」は、「我慢している気持ち」が周囲には伝わらず、親は次なる我慢を強要する事もあるであろう。
すると、子どもはどんどんストレスを溜め込んでいく事になる。
それにより、 初めは従順であったACが親の過剰なCP(Controlling Parent)により、委縮のACや反動のACになっていき、親の見ていない所では、我慢が出来なかったり、ある時、急に爆発しキレたりすることも起こってくるであろう。
このように、常に子どもに我慢を強いることは、健やかな心の成長を阻む危険性が多く潜んでいることが推察できる。
(4)強要された我慢と自己抑制の我慢
次に、我慢そのものに目を向けてみることにする。一概に「我慢」と言っても、次の2通りがある。
■1、親の過剰なCPが子どもを萎縮させ、強要され行う我慢。
■2、子ども自身がA(Adult)を働かせ判断し、自らの意志で行う自己抑制の我慢
子どもの身に付けさせるべきは、後者の「自己抑制」の我慢であるべきだろう。何故なら、強要される我慢は、子ども本来のFCの機能が育たたず、ACが否定的に働くからである。
目指すは、自発や行動のFCが適切に働き「自己主張」ができ、「抑制と主張」その両者の機能を調整しつつ、統合的に発達させる我慢である。
(5)我慢を強いられている子どもに多い 自己肯定感の低い子
親からいつも「我慢しなさい」と幼い頃から、言われている子どもは、本来の感情や欲求を抑圧されているだけでなく、自分自身を否定されていると感じ、親子の信頼関係も深まらない。
そして、「我慢しない自分は、親に愛されない」「我慢できない自分は価値がない」と心に満たされないものを感じ、人が生きていくうえで最も重要な土台となる自己肯定感が育ちにくくなると言える。
「我慢しなさい」という言葉は、言い変えれば、子どもがしようとしていることを禁止する「何々するな」「Don’t do that」とも言える。
そして幼児期の度重なる禁止(Injunctions )は人生の脚本に強力な影響を与えることになる。
それは、子どもの自由にやりたい気持ちを制限し、考えや行動に躊躇をもたらし、一人では何もできない、という傾向の脚本を書く事が多いと言える。
故に幼い頃、親から我慢を強要された子どもは将来、充実した人生を歩めない事が多いと仮説を立てた。
5、調査の仕方と結果
・アンケート実施日 2017年1月11日
・対象 教育関係の教室を展開している 女性指導者
30才代~60才代
・人数 60名
・
・設問
①幼い頃、親からよく「我慢をしなさい」と言われていた。
②幼い頃、自分から我慢をするほうだった。
③幼い頃、自分は自由奔放に育てられ、好きな事をしてきたと思っている
④幼い頃、自分の主張(言いたい事)は、はっきり言う方だった
⑤現在、自分は我慢強いほうだと思う ⑥現在、人(子どもや後輩、部下)に「我慢しなさい」とよく言う
⑦現在、自分の主張、言いたい事ははっきり言う方だ
⑧現在、自分の人生は充実している、と感じている。
各設問に対し、当てはまると思うときは1、どちらかと言えば当てはまるときは2、
どちらかと言えば当てはまらないときは3、当てはまらないときは4を記入。
また具体的な事例などを記憶している事があれば任意で記入する欄も設けた。
アンケート結果は次のとおりである。
- 幼い頃、親からよく「我慢をしなさい」と言われていた
当てはまる | 10人 |
どちらかと言えば当てはまる | 11人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 32人 |
当てはまらない | 15人 |
回答無し | 2人 |
- 幼い頃、自分から我慢をするほうだった
当てはまる | 22人 |
どちらかと言えば当てはまる | 25人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 10人 |
当てはまらない | 3人 |
回答無し | 0人 |
③幼い頃、自分は自由奔放に育てられ、好きな事をしてきたと思っている
当てはまる | 10人 |
どちらかと言えば当てはまる | 14人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 20人 |
当てはまらない | 14人 |
回答無し | 2人 |
④幼い頃、自分の主張(言いたい事)は、はっきり言う方だった
当てはまる | 8人 |
どちらかと言えば当てはまる | 18人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 18人 |
当てはまらない | 14人 |
回答無し | 0人 |
⑤現在、自分は我慢強いほうだと思う
当てはまる | 24人 |
どちらかと言えば当てはまる | 26人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 10人 |
当てはまらない | 0人 |
回答無し | 0人 |
⑥現在、人(子どもや後輩、部下)に「我慢しなさい」とよく言う
当てはまる | 2人 |
どちらかと言えば当てはまる | 16人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 24人 |
当てはまらない | 16人 |
回答無し | 2人 |
⑦現在、自分の主張、言いたい事ははっきり言う方だ
当てはまる | 13人 |
どちらかと言えば当てはまる | 25人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 18人 |
当てはまらない | 2人 |
回答無し | 2人 |
⑧現在、自分の人生は充実している、と感じている。
当てはまる | 26人 |
どちらかと言えば当てはまる | 28人 |
どちらかと言えば当てはまらない | 5人 |
当てはまらない | 0人 |
回答無し | 1人 |
6、調査結果
調査結果①から、この調査をしたグループでは、幼い頃我慢を強いられた、どちらかと言うと強いられたと感じている人が37%、強いられていない、どちらかと言うと強いられていない人が78%と、我慢を強いられたと感じている人の方が少ないのが分かる。
また②より、自分から我慢する、どちらかと言うとすると答えた人は、78%、当てはまらないどちらかと言うと当てはまらないと答えた人の22%よりかなり多い。
また③より自由奔放に育てられた、どちらかというとそうだと答えた人は、40%、そうでない、どちらかと言うとそうでないと答えた人が57%と若干多い。
④から、自分の主張はハッキリ言ってきた、ほとんど言ってきたと答えた人は、60%、言えなかった、ほとんど言えなかったと答えた人の53%より若干多い。
⑤より、自分は我慢強いと思っている人が、83%を超え、ほとんどの人が自分は我慢強いと感じているようだ。
しかし⑥より、人に我慢を強いる、強いる方だという人は30%に対し、言わない、あまり言わない人は67%と、人には我慢を強要しない人の方が多い。
また⑦より、現在主張をハッキリ言う方、どちらかと言うという方と言う、という人は63%、言わない、どちらかと言うと言わない人は33%で言う人の方が多い。
最後に⑧より、現在幸せを感じている人、どちらかというと幸せと言う人は90%と圧倒的に多い。
更に調査結果の分析を細かく深めると、設問⑤で現在我慢強いと答えた24人の中で、①で、親からよく我慢を強いられた人と答えた人は5人であった。
これから、幼い頃、親から我慢を強要された子どもが、現在我慢強いかと言うと、そうではないという事が分かる。
また②で幼い頃自分から我慢する方だったかという設問で当てはまると答えた22人のうち設問⑤で自分は我慢強い、我慢強い方だと思うと答えた人は18人でほとんどが今も我慢強いと思っている。
これから、幼い頃、自分から我慢をする子は、将来も我慢強いと感じていることが分かる。
そして興味深い事は、設問⑧で、現在、自分の人生は充実しているかと言う問いかけに、90%の人が充実していると答えている中、どちらかと言うと当てはまらないと答えた5人の他の回答だ。
その人に注目してみると、設問①で4人が、親によく我慢をしなさいと言われたと回答している。又設問④の幼い頃、自己主張をハッキリしてきたかという設問では、言ってきたと回答した人は0だった。
これから、現在充実した人生を送っていないと感じている人は、幼い頃、親から我慢を強いられ、自分の言いたい事や自己主張が出来なかった人と言えるであろう。
7、考察
更に任意で具体的事例を記入してもらう個所に注目し、現在充実していると答えた人の記入を見てみると、
現在やりたい仕事ができている。 家庭が円満である。 社会参加が出来ている。 自立できている。 等の意見がほとんどであった。
反対にどちらかと言うと充実していないとした人の回答を見ると、
夫や姑からの規制が多く、自由にできない。という意見と、後は無記入であった。
現在の人生がどちらかと言うとあまり充実していないと感じている人は、幼い頃、親から我慢しないさいと言われ、自己主張もあまりしなかった人であることから、どうしても現在も我慢する環境に身を置く事が多いのかもしれい、と感じた。
8、研究結果より、導き出した自己抑制と自己主張を調整しつつ統合発達させる親の関わり方の具体的行動
この結果を踏まえ、ではどのようにすれば、子どもが将来充実した人生を送れるようになる我慢を身に付けさせられるのか、考えてみる。
(1)子どものありのままを認める
「我慢しているあなたは、いい子だから好きよ」ではなく、「我慢できないあなたも愛しているわ」と、ありのままの子どもを認める。
そして心の欲求にはできる限り応える事だ。子どもはありのままの自分を受け入れられる事により、親への信頼感が深まり、心は満ち足りてくる。
親が「無条件肯定的ストローク」の重要性を理解し、実践することにより、子どもの自己肯定感、自尊感情は高まり、信頼関係の構築も大きく前進するであろう。
(2)Aを使って、子どものセルフコントロールを導く
本当に我慢をさせなければならない場面というのは、自分の身に危険が生じるような行為、又は他人に迷惑や危害を与えるような言動、この2場面のみである。
その他は、高圧的、威圧的なCPで親の都合よく子どもを支配しようとしていることがほとんどではないだろうか。
親は「この言動は本当に我慢せるべき」かをAで正しく見極め、養育的な愛情のNP( Nurturing parent )と道徳的なCPで「我慢しなさい」という言葉を発する事が大切でる。
「何故、我慢しなければならないのか」人に迷惑をかけるから、後で自分自身が困るから、など考えさせることや、親がAを働かせ、適切な判断で、子どもに我慢を教える事で、子どものAは育ち、セルフコントロールできるようになっていくのである。
(3)無条件の肯定的ストロークを子どもに与える
子どもの心の発達は、当然ながら目には見えない。「何センチ身長が伸びた」「一人でトイレに行く事ができた」という身体や行動の発達とは異なり、心の発達は分かりにくい。
そして「我慢する力」がどれだけ子どもの身についたか、結果は直ぐに分かるものではない。
故に親は、歯がゆく感じる事もあり、「ありのままの子どもを受け入れる」と言っても、なかなかできない事も事実だ。
実際、日々の生活の中では、家事で忙しい時、自分の体調が優れない時などは、分かっていてもイライラしたり、子どものことは後回しになる事もあるだろう。
「今日こそは、子どもの気持ちを全て受け入れよう!」と決意しても、夜、子どもの寝顔を見ながら、「我慢ばかりさせちゃったね」と呟く日もあるだろう。
そのような時は、時間の構造化を振り返り、親自身が笑顔になる時間を少しとってみることを考えるべきだ。
親の笑顔は子どもの心を育む、重要な無条件肯定的ストロークになり、子どもに幸福感を与えるだろう。
9、まとめ
今回、アンケートに協力頂いた方々は皆、子どもを対象とした学習教室を展開されており、いわば自分のやりたいことが実現できている充実した人生を送っている人がほとんどであった。
もっとさまざまな立場の人の調査と、反動のACが分かるような「我慢していて、時折爆発し大声を出すことがある」等の設問を加えた方が、仮説により反映する分析ができると思った。
次回は今回の研究結果や調査方法を学びとし、更に深みを増す研究を重ねていきたいと思う。
ご協力頂いた方々やご指導頂いた先生方に感謝の言葉を述べさせて頂くのと同時に、交流分析が子どもの「我慢」の構築や心の発達、より深い親子関係を築くうえで、今後益々、重要な役割を果たすことを確信し、願っている。